片山 牧羊 かたやま ぼくよう
春宵臥猫図 しゅんしょうがびょうず
昭和15(1940)年  顔料・絹 軸  135.2×41.7㎝
 
日が暮れて間もない時刻、月明かりが桜と怪しげな眼光を放つ猫をおぼろげに照らしています。片山牧羊は、第8回帝展に狐を題材にした「おぼろ」で、本格的な画壇デビューを果たしました。
牧羊は「幽玄」をキーワードに作品の構想を練り、能の世界観のようなものを表出しようと苦心した画家でした。「春宵臥猫図」が霊的な印象を与えるのは、そうした牧羊の意図が反映されたものだからです。片山牧羊の画壇での実質的な活躍は、昭和2年から6年までの5年間と短いものでした。病のため志半ばで絶たれた悲運の画家といえます。そのため、遺された作品は非常に少なく、優品となるとさらに希少となります。
 
明治33(1900)年 尾道市長江町に生まれる。父は漢学者の片山辰之助。
大正4 (1915)年 大阪で南画を学ぶ。また、合川澄水に書道を学ぶ。
大正6 (1917)年  京都で、庄田鶴友に師事し日本画を学ぶ。また、山本竟山に書道を学ぶ。
この頃、短歌集『曼珠華沙』を作る。
大正10(1921)年 東京で、蔦谷龍岬の画塾鐸鈴社に入門する。
昭和2 (1927)年 第8回帝展に「おぼろ」を出品、初入選で特選を受賞する。
昭和3 (1928)年 第9回帝展に「森」を無鑑査出品する。久邇宮家の格天井に「曼珠沙華」を描く。
昭和4 (1929)年 第10回帝展に「漁村春懶(ぎょそんしゅんらい)」を出品。
柳悦孝が書生として入門。
昭和5 (1930)年 第11回帝展に「破寂」を出品。
昭和6 (1931)年 柳悦孝が日本画から工芸に転じ、書生をやめる。塩出英雄が福山から上京し門下生となる。第12回帝展に「かげろふ」を出品。
昭和7 (1932)年 妻の実家、福山市松永町に帰郷する。
昭和10(1935)年 サイパン島に旅行する。(同年帰国)
昭和12(1937)年 8月26日、逝去。